香りとは記憶と結びつき、そして、呼び覚ますもの【SceneryScent 郡氏インタビュー】
舞台演出の一つとして、空間に香りを乗せる「香り演出」を御存知でしょうか?
我々が普段劇場等で観る舞台の演出として、音響や照明といった舞台演出は既に馴染みのある演出となっていますが、数年前から「香り」で舞台を彩る演出効果が注目されています。
例えば、演劇のワンシーンでお花畑を表現する時に、「お花の香り」を瞬間的に客席空間に漂わせるといった、”視覚+聴覚+嗅覚”に訴えかける表現が可能になります。
そんな新たな舞台演出の手法として業界から注目されている「香り演出」を手掛け、当サイトでも紹介している【香り演出装置”Scent Machine(セントマシン)”】の開発もされている”株式会社SceneryScent”の郡代表に、お話を聞かせて頂きました。
tooloom(以下:T):本日はどうぞ宜しくお願い致します。早速ですが、郡さんご自身の今までの簡単な経歴を教えて頂けますか。
郡:元々はアロマセラピストとして自宅兼サロンとして約10年ぐらい前に起業しまして、御依頼を頂いた方に対してお話を聞きながらその方に合ったアロマを調合し、提供するといったことをしていました。仕事疲れや様々な悩みから心身共に疲れている方々が多く、1対1で向き合いながらカウンセリングを行っていましたね。また、同時にとあるきっかけから某公立高校でも非常勤講師として約6年ほど学生達にアロマを教える仕事もしていまして、地域の高齢者施設や妊婦さん向けにハンドマッサージを行う等の活動もしていました。
T:そうだったんですね。そこから「香りを使った舞台演出」にシフトチェンジされたのはどうしてでしょうか。
郡:趣味で神戸のジャズダンススクールに通っていまして、スクール主催のダンス公演をよく開催していたのですが、神戸に”デザイン・クリエイティブセンター神戸”という施設がオープンする際のこけら落としイベントにスクールから何名かダンサーが出演することになりまして、その際に舞台演出として香りを演出できないかと相談され、即答で快諾しました。
T:即答されたというのはすごいですね・・・(笑)
郡:単純に面白そうだなと思いまして・・・(笑)普段からお客様の為に香りを作るということはしているので、そこに関しての不安は無かったのですが、大きなホールで香りを上手く拡散させるという方法が当時は経験が無かったので、スクールの先生に相談した所、今の恩師にもあたる舞台特殊効果演出の方を紹介して頂き、その方の御協力もあり無事に成功を収めることが出来ました。それがきっかけになり、色んな舞台での香りの演出のお仕事をさせて頂けることになり、香りの演出のニーズが多いと感じて「香りを使った舞台演出」にシフトチェンジしました。

T:なるほど。そこから色んな舞台等での香りの演出を手掛けることになりますが、特に思い出に残る現場等はありますか。
郡:そうですね・・・先ほどの話の続きにもなるのですが、ダンスのシーンで「女性の成長」を表現した振り付けがありまして、子供から大人になる過程を花に見立てて表現する振り付けのシーンで「花の香り」を演出して欲しいとの要望だったのですが、経験上アロマセラピストとして普段から作っている香りと大きな違いは無かった為、そこまで苦労せずに作ることが出来たんですね。
T:普段から作られている香りなので、イメージもしやすかったと。
郡:そうですね。その後、次にお話を頂いたのがNHKホールでの【ヘンゼルとグレーテル】のミュージカルにおける香りの演出のお仕事だったのですが、ストーリーに登場する「お菓子の香り」を演出して欲しいと演出家の方から要望を頂いたんです。今まで「花の香り」は作ってきましたが「お菓子の香り」は作ったことが無く、扱ったことの無い香料の壁にぶち当たりまして・・・。何度も何度も試行錯誤を繰り返しながらサンプルを作って提案したのですが”イメージと違う””変な香りがする”といった意見ばかりで全然採用してもらえず、だんだん納期も迫ってきて正直挫折しそうになりましたね。
T:いわゆる、「人工的な香り」という壁に当たってしまったということですね。
郡:はい。それでも改善を重ねることによって、何とかOKを頂くことが出来ました。今、思うともう少しうまく作れたのではないか・・・と思う事もあるのですが、初めて経験する「お菓子の香り」による演出を大きなホールで行い、来場頂いたお客様に「お菓子の香り」と認識して頂けたことが今でも強く思い出として残っていますね。挫折しかけたが、乗り越えれた事が大きかったと思います。
T:御自身のターニングポイントとしての経験にもなった訳ですね。
郡:あと、香りの業界において「香水を使う方」と「アロマを使う方」というのは意外に交わらないことが多いんですね。マッサージ等でアロマを使われる方は人工香料を嫌う傾向があり、「天然のものだからこそ」という考えを持つ方が多いんです。私はどちらかというとマッサージの業界におりましたので、私の中で”分野をはみだす一歩を踏む”という事が大変だったということもあります。
T:なるほど。そもそも香り自体は昔から好きだったのでしょうか。
郡:香り自体は小さい頃から好きでしたね。昔は香りがついた文房具やおもちゃ等がたくさんあり、それを嗅ぐのが好きでした。それが今の仕事に繋がっているという訳では無いのですが・・・(笑)
T:御自身でも忘れられない香りというのはあるのでしょうか。
郡:普段忘れているような思い出も匂いを嗅ぐと思い出すといった、記憶の奥底に眠っているものを呼び起こすものが香りではないかと考えているんですね。その中で、3~4年前に作った香りの思い出なんですが、実はその頃にインフルエンザにかかってしまい、その影響で一時的に嗅覚を失くしてしまったことがあるんです。
T:え、嗅覚をですか。
郡:はい。そこから完全に嗅覚を取り戻すまでに8か月程かかりました。ただ、その間も勿論香りを作るお仕事はありましたので、頭の中の記憶だけで香りを作っていました。
T:記憶だけで香りを作れるというのも衝撃ですが・・・
郡:そして8か月程かけてようやく嗅覚が戻ってきたと思ったら、自分が記憶している香りと実際に嗅ぐ香りが全く違っていたんです。過去に香りの試験で覚える必要があった30種類程度の基本的な香りの嗅ぎ分けすら、出来なくなってしまっていたんですね。自分が思い描いている香りと全く違う・・・って。そんな事もありながらなんとか嗅覚を取り戻したすぐ後に御依頼された香りがありまして、完成したものがとても好評を頂きまして海外にまで渡っても好評だったというお話を聞きまして、今でもその香りは強く思い出として残っていますね。
T:そんな経験をされていたんですね。やはり普段から香りを仕事にしている為、嗅覚には敏感なのでしょうか?
郡:嗅覚障害だった時、半年ぐらいで医者からは治っていると言われましたが、自分ではまだ完治していないと感じていました。その時、やっぱり人よりも嗅覚が敏感になっているんだと実感しました。

T:ちなみに、御社のテーマとして「香りの押し付けはしない」というテーマをお持ちですが、どのような思いがあってのことなのでしょうか。
郡:香りの演出を仕事としている中で、過去に衝撃的な発言を受けたことがありまして。それは「香りって暴力的な演出ですよね」と。見たくないものは目を背ければいいし、聞きたくないものは耳を塞げばいいが、空気を吸い込まないようにすることは出来ない以上、匂いから逃れることは出来ないので、香りはわかりやすいものである以上、常にそこのリスクマネージメントを意識する必要があると思いまして。
T:なるほど。中には香りを望まない方もいらっしゃると。
郡:セントマシンの話になりますが、香りを出す装置というのは既に色んなメーカーさんから販売されておりますが、セントマシンはステージ演出として使う為の商品でして、開発のきっかけになったのもこういった背景があったからなんですね。舞台のワンシーンで瞬発的に香りを出し、その後は香りを出さないといった演出をする為に作ったのはセントマシンでして、その瞬発的な香りに対して文句を言われたり不快な思いをされるお客様はいらっしゃらなかったんですね。勿論、ずっと香りを楽しみたいというご要望があればそれに合わせた香りを提供しますが、そうでは無いお客様、いわゆる”香りが嫌だ”というお客様を無視しないということを心掛けるようにしておりまして、その思いから生まれたテーマなんです。

T:香りを必要とされるタイミングだけ演出するということですね。
郡:そうですね。そもそも香りというものはとても難しいものなんです。よく”万人に好まれる香りってあるんですか?”って聞かれるのですが、万人が好む香りは無いと思っています。
T:それはどうしてでしょうか。
郡:単なる好き嫌いというよりも、香りは記憶と結びつくものなので、例えばオレンジのようなあまり好き嫌いが無さそうな香りだったとしても、過去にオレンジを食べている時に家族に不幸があった知らせを聞いたという人からすると、その香りが嫌な思い出になったりするので。なので、そういう方がいらっしゃるということを常に頭の中に入れてお仕事をするようにしています。
T:まさに、「香りは記憶を呼び覚ます」ということですね。ところで郡さんは一般の方向けに調香のレッスンをしているとのことですが、最近ではどのような方が受講されているのでしょうか。
郡:日本ではまだ香りを学べる学校がほとんど無いので、昔からある程度一定数の方はいらっしゃいますが、最近では「空間デザイン」の分野の中に「香り」が取り込まれだしたんですね。また、女性よりも男性の方が受講されている方は多いです。そもそも香りは水素や酸素、炭素等が基になる「理系」なので。飲料メーカーに勤められている方が商品に香りをつける為の知識として学ばれていたり、化粧品メーカーに勤められている方が化粧品に香りをつける為だったりとかですね。日本で香りを仕事にしようとすると、そういった市場に就職される方が多いんです。フリーで香りを「作品」として作りたい方はフランス等の学校に行き、独自で立ち上げられる方もいらっしゃいますね。外国には調香の学校はたくさんありますので。
T:そうなんですね。
郡:あと、香りは目に見えるものではありませんので、「感覚」や「センス」によるものだと思われる方もたくさんいらっしゃるのですが、先ほどお話した通り「化学」の知識が一番大事なので、そこを無視しては絶対に作れないものなんです。
T:確かに、感覚的なセンスが一番重要だと思ってました。
郡:また、先ほどお話したように香りの業界では「香水」と「アロマ」といったように2分されているのですが、最近ではアロマをされている方で私のように人工的な香りに興味があるから覚えてみたいだとか、普段から人工香料を使ったことがないので使ってみたいといった方も中にはいらっしゃいますね。実は、人工の香料って一般的には流通されていないんですね。なので、教えてくれる所に体験しにいきたいということでうちに来て下さる方もいらっしゃいます。
T:そうなんですね。先ほど日本には香りを学べる学校が少ないとおっしゃっていましたが、今後は学べる場所が増えていくんでしょうか。
郡:増えていくとは思います。ただ。日本では受け入れ先となる就職先が少ないということが課題になっています。実際に何人かそういった学校を卒業された方にお会いしたこともあるのですが、「消臭」をするという会社に入る選択肢を取られる方が多かったです。日本ではどうしても「香りを出す」というより「香りを消す」という、いわゆる悪臭対策をする企業に入社するという道が多いです。ただ、中には「空間デザインをする」ということで設計会社に入られる方も僅かにはいらっしゃいますね。まだまだ数は少ないですが。
T:郡さんにも企業であったり、学校であったりと講師の依頼は増えてくるのではないですか。
郡:そうですね・・・香りをコントロールする技術というのがもっと発達しないと、就職先といいますか、香りを扱う企業が増えてこないのではとも思いますので、その為にも我々ももっと研究をしていく必要があると感じていますね。ただ、私自身もともと教えるのはあまり好きではないので・・・(笑)どちらかというと現場をしている方が好きですね。
T:色々とお話頂きありがとうございました。今後の展望などあればお聞かせ頂けますでしょうか?
郡:先ほど、「香りのコントロール」というワードがありましたが、今展開しているセントマシンはまっさらな空間に瞬間的に香りを届けるというものですが、「パーソナルな空間」で香りをコントロール出来るものがあれば良いんじゃないと思い、その為のデバイスを開発出来るようにしたいなと思っています。簡単に身に着けてもらえるようなもので、色んな香りをセレクト出来るようなものが良いなと。勿論開発には資金が必要になりますので、資金提供をしてくださる所を探していたりします。
T:この記事をご覧頂いている企業様で、御協力頂けるという方はご連絡お待ちしております(笑)
郡:あとは、スマホのアプリと連動出来るようなものであったり、オンラインとの融合なども出来ればと考えています。新しい体験が出来るようになりますので。
T:最後に、現在香りの演出として開発されたセントマシンに対する思い等あればお聞かせ頂けますでしょうか?
郡:実際に構想を考えだしたのは2015年の11月頃なんですが、本当に数えきれないぐらいたくさんの事がありまして、何度も”この仕事を辞めたい”と思うことがありました(笑)ハードウェアを1から作るということが本当に大変なことだと知り、”やるんじゃなかった”と思う事もたくさんありましたね(笑)開発中はチームで何度も衝突したり喧嘩もしましたが、ただ、それを乗り越えることが出来たからこそ、皆様の目に触れる機会が出来ましたので・・・勿論このセントマシンに固執する訳ではなく次のデバイスの開発というのも見据えてはいるのですが、私の【香りに対する思い】というのを知って頂いた上で皆様に使って頂ればうれしいと思っております。
株式会社SceneryScent
https://sceneryscent.com/
